今回は、ある事例を挙げて、それが虐待になるのかどうか検討していきます。まずは、障害者福祉施設の虐待類型について確認しておきましょう。
障害者福祉施設の虐待の類型について
身体的虐待
→叩く蹴るなど、身体にダメージを与えるものや身体の拘束、行動の制限など
ネグレクト
→不適切な養育。食事を与えない、着替えをさせないなど
心理的虐待
→言葉による脅しや、脅迫、無視をするなど
性的虐待
→子どもを性的な対象とするもの。その様子を見せたりすることも含む。
経済的虐待
→金銭を勝手に使ったり、同意なく買ったりする行為
なお、放課後等デイサービスや児童発達支援の児童の通所施設では、児童福祉法ではなく障害者虐待防止法が適応となります。したがって、この5類型になります。
児童福祉法による児童虐待の類型は、上記の5類型から『経済的虐待』を抜いたものです。
【事例】
放課後等デイサービスに通うAくん、男児10歳。自閉的な傾向があり、知的にも遅れがある。Aくんはトイレの水についてのこだわりが強く、Aくんが入った後のトイレは水浸し。しかも、トイレには勝手にはいってしまう。スタッフもそのたびに掃除をしなくてはならず、困っていた。
そこで、トイレに関しては、鍵を付けて対応をすることを検討している。
今回は、この事例から検討してみたいと思います!
ちょっと困ってしまうこだわりに対して
子どもたちが大好きなもの。おもちゃや絵本なら好きなように遊んでもらいたい…だけど、みんなが本当に興味があるのは電気のスイッチだったり、蛇口の水だったり扉の開け閉めだったり。『今はやらないで!』ということが多々あるかと思います。
集団の場だと、トイレや蛇口など、みんなの共有部分でそれが展開されてしまうと何もできなくなってしまいますよね。それに、扉の開け閉めだと、他の子どもの指を挟んでしまったりして大変危険なこともあります。
職員としては、ちょっと困った…ということになってしまいます。困ったこだわりは禁止にしたいけど、それもどうも安易なような気がしてしまいます。なかなか解決策が出ないまま、日々が過ぎていって、今度はそのこだわりが日常になってしまうこともあります。
とにかく、好きなものに関しては、とにかく目がないお子さんはとても多いですね!個人的には、「好き」が伝わる様子を感じると嬉しくなってしまいます。夢中になって遊んだり、すごく集中していたり。そんな時間は尊重したいと思うのです。
まずは場所と機会を決めてみよう
さて、事例に戻ります。Aくんのように水遊びが好きなお子さんは、「水で遊んでもいいよ!」という場所を一つ用意するといいと思います。もちろん、Aくんに合った提示方法でその場所を示し、時間もきちんと決めていくと効果的でしょう。ただ、「水遊び」はなかなかできるものではありません。
さらに、「遊び」になってしまうと、なかなか終わりがありません。水を使うことで、なおかつ終わりがちゃんとあるものを考えてみましょう。
そこで、お皿洗いなどをAくんに手伝ってもらうことで、お水に触れる機会を設けてみるのはどうでしょうか。それをおこなうと、みんなからの「ありがとう」もついてきますね。そんな風に、一つの行動が二つの意味合いを持つようなことを導入してみることで、Aくんの行動は変わってくるかもしれません。
その他にも、お茶を入れて配る係などもいいかもしれません。コップに人数分お茶を入れることで、お水を扱っている満足感も得られる可能性がありますし、終わりもはっきりしているので提示しやすいですね。
こんな調子で、どんどんアイデアを持ち寄ってみましょう!
こだわりに関しての対策は、ここまでとします。今度は、この事例での対応がどう虐待に結びついてくるのでしょうか?それを考えてみたいと思います。
トイレへのこだわりを考える
事例では、トイレ時の水遊びが問題となっていましたね。これについては、どんな風に解決していけばいいでしょうか。もちろん、トイレ以外で水に関するこだわりが充足されていれば良いのですが、なかなかすぐには難しいかもしれません。特に、トイレに関してはみんなも使う場所であることから、きちんとした対応をしたいところです。
したがって、本人が満足するような「水遊び」を導入する準備ができたら、トイレ時の見守りも行いたいですね。監視する意味合いではなく、トイレでの水遊びがはじまりそうな気配があったら「トイレではなく、○○でやろうね」とAくんに伝えるためです。繰り返しますが、本人に合った提示方法が大切です。このあたりは、関わる職員でよく話し合って、共通認識にしておいてくださいね。伝わり方の深度が全然変わってきますから。
さて、トイレの問題はどうするのかしら?
あーっ!めっちゃ水遊びしてるやん、自分!
【事例 続き】
その放課後等デイサービス事業所では、スタッフと協議して、Aくんに問題行動をさせないため、トイレに鍵を付けることとした。これによって、トイレに行きたくなったお子さんは、スタッフに声掛けをしなければならなくなったが、 Aくんによる、勝手にトイレに入っての水浸しは、一切なくなった。
これは解決策なのだろうか?
鍵を付けることによって、トイレが水浸しになることはなくなりました。ただ、どうもモヤモヤしませんか?冒頭から読んでいただいた方には、このモヤモヤの正体がわかっていると思います。
スタッフ側の都合のいいようにしただけだわね。
Aくんの姿がどこにも見えない、残念な解決方法です。
これは、支援でも環境整備でもなく、ただスタッフが「迷惑だ」と思うことを、半ば強制的に無くしただけです。トイレに行きたい他の子どものことも、まるで考えていないのです。
この事例では、Aくんに『水を使ってもいいよ』という機会を設けるところまでは良かったのですが、トイレに関しては鍵をするという安易な解決になってしまいました。
この件に関して結論から言うと、鍵をするのではなく『トイレ時の見守りを徹底し、適宜本人に伝える』ということが必要だったのでしょう。先ほども書いたように、「トイレではなく、○○でやろうね」 と何回も繰り返し伝えることが必要なのです。そのために、Aくんの役割(お皿を洗ったり、お茶を入れたり)を設定したのですからね。
虐待の可能性もある
我々が知らず知らずのうちにやったことで、結果的にそれが虐待行為となってしまうこともあります。この事例ですと、「トイレに行きたい子ども側」から考えると、「トイレに鍵がかかっている」のは、行動の制限を奪われている身体拘束とも言えるのです。わかりやすく言うと、「トイレに行く権利を奪われている」ということです。
冒頭の類型に当てはめると、『身体的虐待』の『行動制限』に該当する可能性のある事例です。
つまり、安易な解決は虐待に結びつく可能性があるため、その解決の中に本人が主役になっているかどうかがポイントだと思います。行動を奪う支援ではなく、よりよい行動を、適切な環境の中で発揮してもらうこと、それを探すのが、支援の醍醐味でもありますよね。
そして、図らずとも虐待に繋がってしまうような支援は日常にたくさんあります。これに関しては、チームでよく考えていきたいところです。
利用者さんの姿が見えない支援というものは、職員本位の支援です。記録と振り返り、そして自らの支援を疑ってみる視点も必要です。こればっかりは、ベテランの職員でも陥ることですので、もしも『おかしいな』と思うことがあったら、上司などに相談してみるのも一つの手です。
事例を通じて、日々の支援について振り返ったり、考えるきっかけになると嬉しいです。
わかりやすい事例検討コーナーね
どうもありがとうございました!!