はじめに
今回は放課後等デイサービスや児童発達支援など療育の場での、『褒める』について考えてみたいと思います。
もちろん、18歳以上の障害者の通所施設、または保育園等、またはご家庭でも同様の場面があるかもしれませんね。
『褒める』というと大人が子どもに持つ視線のような言葉のイメージもありますが、ここでは『その行動の評価』と読み替えてくださったほうがいいかもしれません。
それでは、進めていきましょう。
褒めて伸ばす!を疑ってみる
さっそくですが、『褒めて伸ばす』ということについて考えてみたいと思います。
子育てなどでも、よく使われている言葉として『褒めて伸ばそう』があります。実際、自分は褒められて伸びるタイプだ、と自覚している方もおられるかもしれません。
そして、そのとおりで、褒められると嬉しく、その褒められた事柄についてもっともっと挑戦してみたくなります。
反対に、叱られてばかりいると委縮して消極的になってしまう…誰もが、一度は思い当たるのではないでしょうか。
この、『褒められた』ということで、その『対象となる行動が増える原理』は、心理学的メカニズムで解明されています。
どこかで聞いたこともあるかもしれませんが、そのことを『オペラント条件付け』といいます。人間や動物への実験から、そのメカニズムはちゃんと解明されてきたということになります。
さて、この『褒めて伸ばす』、療育や支援の現場では日常的に、そして結構無意識に行っている場合があります。
もちろん、褒めることは大事です。自信を付けたり、相手との信頼関係を築く大事な要素でもあります。
しかし、特に障害児療育の現場では、『とにかく褒めればいい』という風潮(利用者・家族に対しての支援マニュアル的なもの)もあり、私は以前から違和感を覚えていた一人でもあったのです。
何故かというと、『褒める』=『その行動の評価』であることから、『その行動』が『どんな背景で導き出されたか』を把握しないとならないと思っていたからです。
以下のセンテンスで、事例を挙げます。
事例
Aさん18歳、自閉的な傾向があり、支援学校を卒業後、最寄りの就労継続支援B型施設へ通所。療育手帳はB判定。行き帰りもバスを乗り継ぎ自主通所をしている。
先日、近所のコンビニで万引きをしてしまい、施設の職員が引き取った。所持金はなし、店員によると以前にも同様のことがあったとのこと。
職員間で協議したところ、いくつか思い当たる節があった。それは、朝の通所時に新発売のおやつを持ってくること。
本人に問うと、そのおやつはそのコンビニで万引きしてしまったもの、とのこと。
『本人の素行が悪い』という評価をもって、私に相談が持ち掛けられました。
まず一番に私がやったことは、本人の行動を矯正するための働きかけをどうするかということではなく、その行動(万引き)がどうして導かれてしまったのか、可能な限り把握していこうとしました。
ご家族・事業所・学校・そして学校卒業まで使っていた放課後等デイなどに聞き取ったところ、以下のことがわかりました。
・幼少期から、家のものを外に持ち出すことがあった。そして、そのことを家庭では『困ること』だと認識していたが、黙認していた。
・現在のB型施設においては、持ってきた『新発売のおやつ』について、職員とAさんの共通の話題となることがあった。
・放課後等デイにおいても、家から持ってきたペンやノートなど、持ってきたことに対して職員が『嬉しい』という気持ちを表現していた。
以上の事から、Aさんは、『自分が何か物を持っていくと、誰かが喜ぶという経験を積みながら大人になった』と言うことができるのではないかと思いました。
つまり、『物を持っていくという行動』が『評価された(褒められた)』ことにより、過剰なまでに増えていったのだと思われます。
非常に厳しい言い方をすると、今回の万引き行為は、善悪は別に考えたとして、『今までかかわってきた人たちが導いた』とも言えるのではないかと思いました。
『褒める』を紐解いていく
このように、『褒める』=『その行動の評価』という視点で考えていくと、目の前の利用者の行動や様子について、見境なしに褒めていくことがいいとは思えません。
前後の関係、そして脈絡を考えて、きちんとした評価をしたいと私は思っています。そして、このことはその事業所の支援技術の差となって表れてくると感じます。
上記の事例では、なぜそのAさんが『物を持ってくる』ということが多かったのか、その背景も考察するべきだと思います。
誰かとお話ししたかったのか、満たされたい気持ちがあったのか、何かしら不満なところがあったのか。
職員としては、今の自分の声かけ(評価)は、目の前の利用者さんのどの部分について作用したのか、想像することが必要です。
もしも、その行動にゆがみが感じられたら、それはそっとより好ましい行動に置き換えることが必要ではないでしょうか。それを考えていくことが支援の過程で、とにかく褒めればいいという支援スタイルに違和感を覚える理由はそこです。
もう一つ、『褒める』=『その行動の評価』をするにあたって、利用者さんにとっての職員という関係性も必要です。
例えば、私がたまたますれ違った裸足の人に『きみの靴いいねぇ』と言われても嬉しくありません。でも、仲のいい靴好きな友だちに言われたら嬉しいです。
嬉しいかどうか感じるのは、相手との関係性が重要なのは言うまでもありません。つまり、ここでも信頼関係の構築が不可欠なのです。
障害児療育はとにかく『褒めればいい』ということを強調している節もありますが、その前に必要な前提はお互いの信頼関係です。
その信頼関係を構築するための支援の引き出しやコミュニケーション方法は、すぐに真似できるものではありません。ここに、最も時間をかけるべきです。
もちろん、利用者さんとの関係は上下関係ではないのですが、職員は『この人に褒められたら嬉しいな』と思われる人になることも必要です。
ここが、職員は友だちでもなく、家族でもないという立ち位置の大事なところです。
相手にとって、重要な他者なのです。
『褒める』ことの難しさ
最後に、褒めることの難しさについて触れます。
何かと問題行動(この言葉は好きではありませんが、分かりやすい表現のため用います)が多いお子さん…ご家庭や事業所では、ついつい制止ばかりしてしまうという声を聴きます。
『いいところがないから褒めようがない』という相談もありますが、本当にそうでしょうか。
『褒める』=『その行動を評価する』という視点からみると、何か望ましい行動をしていないといけないのではないかと思いがちですが、『何もしていない』も一つの立派な行動だと思います。
つまり、『問題行動をしていないとき』こそ、評価をしてもいいのではないかと思うわけです。
『今の〇〇くん、いいねぇ』なんて声をかけながら、次の遊びに誘ってみると、本人の様子も変わってくるかもしれませんね。
支援と指導について書いた記事も、以下にご紹介します。
最後まで、どうもありがとうござしました!
コメント